沼畑 こないだ3歳の娘と湘南にドライブに行って、夕陽を見て帰ってきました。なかなか実行に移すのは難しいと感じました。有田さんは湘南で暮らしているから、休日は夕陽が見れますよね。
有田 僕らはよくまあ夕陽は見てます。都内では夕陽って見られないじゃないですか。ビルに隠れて見えませんよね。あと、海と山の夕陽でも全然違う。それはやっぱり綺麗だし、ただ僕は本当によく見てるので、わざわざ夕陽を見に別のところに出かけるということは正直ないんですよね。好きなのはビーチで散歩すること。休みの日はビーチか山に行くのどちらかで、ほんとによくビーチ散歩はしてるんです。
沼畑 ビーチの散歩は何度やっても飽きないですか?
有田 休みの日はもう絶対に仕事の話はしないし、家庭に持ち込まないんです。「海に行ったら仕事を忘れる」っていうのは、都会で暮らしている人には本当にそうだと思います。ただ、僕の場合は都内ではスーツ着てますけど、それをTシャツ短パンで自由に遊ぶのが楽しいんです。泳ぐことも楽しい。どうして楽しいかというと、究極の答えは「自然だから」です。海も山も、「自然」だから。山の場合は、木が生きてることを本当に感じるんですよね。山に行って、大きい木があると、抱きついたりしますよ(笑)。力もらいますよ。

沼畑 自然の反対の人間の世界では精神的にストレスを感じることはないですか?
有田 そういうのが一切ないんです。まったく見ていないというか、雑誌も見ないし、人の作品も見ない。今年の流行を知らなすぎるのも問題かもしれないですが、知りすぎるのも良くないと。なのでほとんど見ないんです。見たいのは、たとえば海外の雑誌の写真の背景の色だとか、雰囲気的なものだけを見てます。服のディティールは見ないですね。海と山と同じで、癒やしを求めて見るだけで、他のデザイナーがどういう活躍をしてるとか、どういうデザインをしているとか、そういう部分はあまり見ないんです。

沼畑 雰囲気を掴むというのは本当に面白い視点ですよね。僕も若い頃に友人がNYの古いアパートに住んでいて、その雰囲気がとにかく好きだった。今住んでいる家は古いマンションをリノベーションしたんですが、そのアパートの雰囲気を再現したくて、壁紙を自分で丁寧に剥がして、白く塗ったんです。あとは床を木にして、ブラウンに塗った。そのスケルトンの状態で、少し雰囲気が出ました。でも、最終的には何かが違う。それは何かというと、窓の向こうにセントラルパークがあるのか、ビルが見えるのかとか、外側の包まれる部分だったりする。それが雰囲気を作ってるんですね。僕はそういうのを自分が撮ってる写真とか本などで表現したい。そのいいなっと思う理由は何なのか、雰囲気を作り出すものはなんなのかというのを追究したいんです。

有田 なるほど。僕の場合は雰囲気を楽しんでいて、それを表現には結びつけないですが、だから表現しようとする沼畑さんの発想は面白いですね。

沼畑 有田さんのスーツはイギリスで着たら、街の風景と合うだろうなという発想はないですか?

有田 たとえば僕は自分のスーツを着てロンドンに行ったら、カフェで声をかけられたり、スーパーでおばあさんに「かっこいいわね」と声をかけられたり、そういうのが本当に多いんです。でもそれをイギリスで流行らそうとか、ビジネスにしようとかは考えていない。僕はイギリスで学んできたわけだし、ありがとうという気持ちで行きます。だからあまり最初にそういうことは考えてないですね。

テーラーのスタイル

有田 よくテーラーにはブリティッシュスタイルとか、イタリアンとかいろいろあって、お客さんにとってはブリティッシュってわかりやすいと思うんですけど、自分は自分のスタイルでいいのではないかとずっと思ってます。たしかにイギリスで学んだんですけど、それをそのままやっているわけではないし、自分の感性で線を引いているわけだから。雰囲気としてイギリスっぽいというのは嫌なんです。だから、一人のデザイナーとして、自分のスタイルで生地を切っている。お客さんにとっても、「僕はイタリアンが好きなので、ブリティッシュは…」という考え方があると思うんですけど、それも壊したい。僕の場合はお客さんとのコラボレーションなので、1点1点違う。そこにカテゴリー分けはないんですよね。僕自身もテーラーという枠組みやカテゴリーからは抜けていきたいんです。

沼畑 1対1でスーツを作っていくんですね。
有田 僕の中でスーツは、ネクタイをしてシャツをしてという決まりの中のものじゃなくて、中はTシャツでもいいし、上着をジャケットとして使ってもいい。仕事でも遊びでも使えるものを作っています。スーツの立ち位置もこれからどんどん変わっていくと思います。僕の場合はクロムハーツを付けてスーツを着てという場合に、実際は90パーセントがスーツになりますが、この小さな面積のクロムハーツを引き立てるためのスーツを作っているときもある。靴がベルルッティだったら、普通のスーツは似合わない。じゃあどうすればいいのかということです。もちろんスーツから入ってもらうのもOK。でも、自分が持っている時計からスーツを作るという遊び心でもぜひ作ってみてほしいんです。

沼畑 そのルーツは何ですか。

有田 遊び心ですね。自分自身もそうしてるし、スーツを遊び心で使ってほしい。オーダーするスーツの遊び心ですね。全部ブランドで固めるよりは、1個くらいのブランドで、あとは遊びたい。
沼畑 イギリスは階級があって、ハンティングする人たちがたとえばあったり、芝生でシャツでピクニックする人たちもいる。それぞれにスタイルがあって、それは遊びと一緒になっている。外の国の人たちはハンティングの格好がいいなと思うとそれを再現するために服選びをする。そういう全体的なカルチャーの提案としてのスーツというのはないですか?
有田 ありますね。最初の入り口としては、本当にそういう感じで、やっぱりブリティッシュが好きな人にはやっぱりブリティッシュですよね。そこから少しずつ、お客さんが持っているものに対して、対等な立場でディスカッションして作り上げているものがあって、そうやっていくとやがてお客さんのほうから、今まで着ていたものが似合わなくなっていくという思いになったりするんです。見える世界が変わっていくんですよね。そうするとそれぞれにもう、お洒落の境地が変わっていくので、そこでお客さんが他の店で服やアイテムを欲しくなったら、それはそれで嬉しいんです。

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沼畑 有田さんは海外に行くときは現地でどんな格好されるんですか。
有田 それはスーツですね。現地についてから着替えます。それはやっぱりイギリスはスーツが似合う国ですから、どこを歩いてもかっこいいし、スーツで歩きたいです。田舎にいってもスーツを着る人は着てるし、普通に受け入れられるんですよね。日本だとスーツを着ているとビジネスマンというイメージがありますけど、ロンドンだとスーツをいつどこで着ていてもいいんですよね。休みの日だっていいんです。

沼畑 有田さんのコンテンツ消費ってどんな感じですか。
有田 恥ずかしい話なんですが、曲を聴くと入りこんでしまって、仕事にならないんです。だから仕事のときは音楽は一切聴かないようにはしてます。たとえばジョン・コルトレーンのMy favorite thingsを徹夜しているときに聴いてしまって、そのときは泣いてしまったんですよね。音楽を聴いてゆっくりする時間はないんですよね。むしろ聴かないほうがゆったりできる。あとはバーで人と話すのがリラックスする時間だと思ってたんですが、本気で会話をするというか、議論になったりもする。それが凄くお互いの本性で話ができていいんですよね。いつも人生勉強という感じです。だからくつろぐという感じはわからなくなってきている。ターンパイクでも、鳥はどうしたら来てくれるんだろうって考えてるので、釣りと同じなんですよね。結構本気なんですよ。

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沼畑 休日はよくターンパイクに行くんですよね。
有田 そうですね。休日はだいたい箱根のターンパイクにドライブに行ってます。普通は走りを楽しんだり、景色を楽しむ場所ですが、私の場合はゆっくり低速で走って、鳥の声を聞きに行くんです。
沼畑 ちょっと有田さんのイメージと合わないですね。
有田 ゆっくり走って、鳥の声を聞くという。
沼畑 意外ですね。ポルシェで飛ばしてそうな感じがします。私が本に書いたミニマリズムですが、モノの執着から離れて体験型になるというストーリーがあって、最近よくみなさんに休日何をしているか聞いているんです。まさか有田さんからそういう話を聞けるとは思ってなかった。非常に面白いです。旅のコンテンツ作りをしているときに相談されるのが、「若い人が旅に興味がない」というものなんですけど、それってだから、家でゲームなり、ネット、映画といったコンテンツを観る暮らしが主流で、あまり実体験に興味が無い。コンテンツを消費して満足してしまう。それをミニマリストはコンテンツ消費を少し減らして、体験をもう少し重視するという傾向にあります。
有田 「若い人に海外に行ってほしい」というのとミニマリズムは一見結びつかないですね。
沼畑 そうですね。ミニマリストになりたいという若い人もいるんですけど、そういう子は部屋のモノを減らしたあとに本当に行くんですよ。旅行とかに。海外旅行とかは物質所有(マテリアル・ポゼッション)として財産にならないんですけど、海外先にお金が落ちていく。観光産業には海外かもしれないけど、お金がまわっていく。もしかしたら、モノを買うという分野と観光業界は対立関係にもあるのかもしれない。休日に出かけるとか、物質とは関係ないことをやる人に興味があって、さっき有田さんが言っていた休日にターンパイクに行くっていう話がちょっと面白かったんです。

有田 僕は家にいるのはあまり好きじゃないんですよ。
沼畑 どうしてですか?
有田 何かしていたい。だから絶対に出かけるんです。たとえば、今の季節は毎年、つくしを採るんです。それで、卵とじで食べるんですけど、小さい頃から40年以上食べ続けているんです。それをバーで話したら「食べたい」とまわりが言い出して、「いいですよ」と。それで前の日に採りにいって、次の日、バーでつくしを炒めてみんなにふるまって、大好評でした。
沼畑 すごい「経験」ですね。
有田 はい。
沼畑 有田さんはイギリスへ修行に行ってましたけど、貴族階級は日曜日とかに別荘に行って、ベントレーに乗るのを楽しむ、みたいな文化がありますね。経験じゃないですか。車はモノかもしれないけど、そういう経験を楽しむ。お金があるからいっぱいモノを買って部屋に飾っているはずなんですけど、満足していないんですよね。それこそ有田さんみたいにポルシェでターンパイクなり、スカイラインで走るのを遊んでますっていう優雅な感じがいいなぁって思います。スピードが10kmなんですよね?
有田 そうです。のろのろですよ。
沼畑 素晴らしい。イギリスで走りたいとは思いませんか?
有田 ミニマリズムじゃないですけど、僕はイギリスに行って空気を吸うだけでいいんです。空気を感じに行くっていう。そんな感じですね。
沼畑 それはいいですね。その台詞はなかなか出てこない。
有田 僕がお金がなかったころに行けなかったロンドンのバーに、なんで行きたいのかっていうと、そこのお金のかかるところじゃなくて、バーの空気、雰囲気を感じたいんです。
沼畑 グーグルのストリートビューってあるじゃないですか。あれに昔はまって結構やってたんですけど、じゃあ、同じ場所に、本当に行った友人がいたとして、話ができるかというと、違うじゃないですか。「俺、あの建物知ってるよ」って言っても、空気は知らない。実経験っていうのはそれくらい差がある。バーチャルは将来どんどん進化して、いろいろ表現できると思うんですけど、でもやっぱり限界はある。実際に行くと、自分にしかわからない感覚がある。経験と想像がバランスよく共存するのが理想的で、どちらか一方だとバランスが悪いと思うんです。
有田 そうですよね。誰かが教えるというか、僕らもいろんな人が話したり、読んだりすることでそういう考えになったと思うんで、沼畑さんも表現し続けないといけないんです。
沼畑 そうですね。コンテンツを消費することをただ否定はしない。僕も本をまだたくさん読みますし、ただ、以前はやり過ぎていた部分があった。家にこもっていたし、その反動でこうなったと思うんですけど。ところで、有田さんはロンドンのどちらに住んでいたんですか?
有田 僕はキルバーンというところで、ウェンブリーの三個くらい先です。日本人の観光客は全然いません。当時はお金もないし、スーパーでチキンをまるごと買ってきて、お鍋に入れて、野菜を入れて、鳥のスープにするんです。それでご飯炊いて、一週間くらい持つんですよ。あと、『アンタッチャブル』っていう映画があるじゃないですか。ショーン・コネリーが、ソーセージかハムをナイフで削いで食べるシーンがあるんですよ。それをやりたくて、休日にはビールとソーセージを買ってきて、ナイフで削ぎながら食べてました。くだらないですけど。
沼畑 いいじゃないですか。
有田 今もお店でよく映画の話とかするんです。映画に出てくる人の動きとか、食べ方とか真似しますよね。若いうちに世界に出るっていうのは、そういうのも実際に見たりできるということかもしれないですね。素敵な大人になりますからね。